錘の質量を変化させてベニアの振動周波数を測定

「自作派の性で自分で作り出さないと気の済まぬ人種です」 と自負されている石田さんは、Stereo誌のSPコンテストの常勝者で、バリバリのスピーカー自作マニアです。

その石田さんが近頃チューニングパネルの自作に命を掛けている様子、沢山の実験データを送っていただきましたので、雑誌取材のルームチューンの経緯と合わせてご紹介することにします。
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石田邸徹底チューニング

 石田邸の第一回目ではオーディオルームの音場を支配するパラメータが5つに分類できることを述べました、そしてスピーカー周辺のフロント側壁面の初期反射音を平面反射壁と拡散反射壁で制御する方法について解説を行い、チューニングの実施例として高さ600mmの拡散パネルを複数組み合わせてフロント側壁面を構築し、聴覚による微調整を実施した後、裏付けとなる測定を実施して紙面でご報告しました。

 その後オーナーの石田さんの意向を伺い、新たに天井も含めて本格的なチューニングを実施した結果=写真1=、音質・音場感・測定データの全てに於いて、600mmの組み合わせパネルの効果を超える良好な結果を得ましたので、改めてご報告します。5つのパラメータの制御方法も実施例で説明いたします。


<写真1>本格チューニング終了後の写真
天井の反射パネルの効果が大きく、音の透明度がますます向上。


天井まで徹底チューン

 前回の測定結果から、音楽に躍動感を与える高音域の残響時間の不足が深刻であることが浮上しました、原因は天井一面の吸音テックスに違いありません。サーロジックの製品で天井の音響処理に使う中高音の反射体は拡散スカラホールですが、リスナーの頭上〜後ろにピンポイントで使うもので、天井全体に取り付けることはできません(高音域がヒリヒリするほど増えてしまう)。
チューニング・グッズはサーロジックの製品だけと限っているわけではありませんが、市販のグッズを見渡しても天井全体の改修に使えるものは見当たりません。石田さんと協議の結果、部屋に合わせて製作することになりました。 =写真2=。


<写真2>天井の反射パネル


 これで部屋中の6面全部に対して音響処理が可能になりました。壁面構造と伝送特性の関連性が今まで以上に詳細に解明できるものと期待できます。



平均伝送特性と初期伝送特性

平均伝送特性は安定感の源
 =データ1= はピンクノイズと1/3オクターブバンドのFFT分析で測定したオーディオルームの伝送特性で、一般にオーディオシステムの周波数特性と言われているものです。棒グラフは受音点に於ける各周波数の平均音圧レベルを示しており、サウンドステージの形成などにかかわるダイナミックな音の変動はすべて無視した平均伝送特性です。

 この特性をフラットに整えると音としての安定感が得られますが、音楽が良く鳴ることがギャランティーされると勘違いしてはいけません。 =写真4=、=データ2= はルームチューンのついでに、十和田湖の奥入瀬渓流で銚子大滝の音圧を1/3オクターブバンドのFFT分析で測定したものです、びっくりするほどフラットで、バンドエネルギーがフラットな音は心の安定に役立つに違いないと、思いがけず大発見をした気分になりました。

<データ1>
リスニングポイントの平均伝送特性(チューン前)

<写真4>
十和田湖・奥入瀬渓流の銚子大滝
<データ2>銚子大滝の水音の周波数特性

初期伝送特性は立体感の源
 一方、音楽再生では心地良いだけではオーディオシステムが完成したことにはなりません、大げさに言えば楽器を弾く演奏家の心の内側まで覗き込めるほどの表現力が要求されています。同じオーディオセットを使った異なる部屋で、月と鼈ほどに音の違いが生まれる原因は平均伝送特性だけでは説明がつきません、ルームチューンの実施例の結果を見れば明らかですが、遥かに大きいウエイトで初期伝送特性が係わっていると考えざるを得ません。

 初期伝送特性は直接音に一次反射音が重なった一瞬のタイミングに発生する時間の概念も含めた伝送特性で、この特性を正しく整えない限りサウンドステージの奥行きは出ないしボーカリストの佇まいも再現されません。

 初期伝送特性と平均伝送特性は同じか?

 初期伝送特性と平均伝送特性は必ず一致するとの仮定に立てば、伝送特性のエラーはグラフィックイコライザ(以下GEQ)で修正できるように思われます、しかしそうは問屋がおろしません。オーディオルームのような小さな空間では二つの伝送特性は必ず乖離してしまいます、その原因の一番が定在波で、定在波の周波数ポイントでは初期伝送特性と平均伝送特性は全く異なる値を示します。

初期伝送特性と平均伝送特性の乖離は何故発生する?
 定在波とは、スピーカーから出た音が向かい合った壁面で反射を繰り返し、斜め波も加わって2〜4周期(壁面の低音の吸音率が高ければ短い周期、吸音率が低ければ長い周期だが、50Hzだと0.1秒くらい)くらい後に最大振幅となる音の波です。FFT分析の測定では、測定の期間ずっとピンクノイズを出しっ放しにして音圧を計算するので、2〜4周期後のピークの値を保持しながらの測定です、従って定在波の腹のポイントでは音圧が大きく上昇し、節のポイント(部屋寸法の1/2、1/4など)では大きく下降します。

オーディオルームの完成度の尺度
 FFT分析で表示される1/3octの伝送特性の低音域は定在波の影響を最大限に受けた伝送特性です、その平均伝送特性をフラットに補正するためにGEQを用いると初期伝送特性はグニャグニャに曲がり、両者は相反する形状になってしまいます。

 一方聴覚を使って初期伝送特性をフラットに改善すると、平均伝送特性も初期伝送特性に近いフラットに近付きます。この一見矛盾するような結果は、聴覚によるルームチューンでは、無意識のうちに位相特性も含めた伝送特性の平坦化が行われることに起因するものです。従って聴覚によるルームチューンがほぼ完成した時点以降であれば、初期伝送特性の完成度の尺度として平均伝送特性を用いることは間違いではありません。

コラム1

GEQによる伝送特性の補正
(FIR方式のデジタルGEQを除く)一般のGEQでは、周波数特性を上下して伝送特性をフラットにすると、もともとフラットであった位相特性が逆に狂ってしまいます。位相の乱れは音の到達時間の乱れに相当するので、例えば楽器が発したルートの音がリスナーから3mの位置に定位するように聞えるのに、その倍音が5mの位置に定位してしまうようなものです。個々の楽器の存在感が肥大化して発散しまうので、その集合体であるサウンドステージが再現できる道理は無いのです。



ルームチューンには二つのカテゴリーがある

5つのパラメータの @、A、B、が ベーシック・チューニング
 オーディオルームのチューニングは大きく二つのカテゴリーに分けることができます。昔から分かっているけれども躯体の構造にからむので実施がためらわれてしまうことが多い直方体の平行壁に起因するものが第一のグループで、ルームチューンの古典とも言える@:定在波A:フラッターエコー、です。

 これらは、1975年に初版が出版された「Sound System Engineering / Don & Carolyn Davis」で詳細な解析と理論的な解明が成されています。翻訳されたものが誠文堂新光社から出版されています。「サウンドシステムエンジニアリング / 進藤武男 訳」。

 @、A、に B:床・壁・天井の振動、を加えて、本連載では部屋の欠点を正すためのベーシック・チューニングに分類することにします。

5つのパラメータの C、D、がアップグレード・チューニング
 長方形の部屋の欠点を克服しただけでは音の良いオーディオルームにはなりません、コンサートホールのように吸音と反射のバランスが適切になって始めて音楽が楽しめるオーディオルームになります。

 適切に配置されたC:初期反射音がサウンドステージを作り、ベーシック・チューニングでミッドバスを適量に整えた後、中高音域の残響時間を長くすれば音楽に躍動感が生まれます。殆どののオーディオルームで高音域の残響時間が不足しており、D:残響音の高音域を増やすことで音楽を奏でるオーディオルームに変身します。

オーディオルームの欠点を五つのパラメータに分類して改善の方針を決める

 本件オーディオルームの五つのパラメータを検証すると次のようになります。

@:定在波 
■ RCの密閉度が高いので遮音が完璧である反面、音のエネルギーが部屋に蓄積されてしまう。天井の吸音テックス、タペストリーなどで中高音は吸音されているが、低音エネルギーの吸音体が見当たらない。

■ 症状. 低音の滞留時間が長いので、定在波のエネルギーが大きく、再生音がとてもブーミー。

■ 定在波を確認する方法. 強い定在波または壁振動があるとブーミングが発生します。本件では部屋のセンターに低音が希薄なエリアがあり、測定でも確認できました。=データ3=、=データ4=。このように部屋の中心の低音が明確に抜けており、耳だけで判定できる場合のブーミングは定在波が主因であると推定できます。壁振動が支配的な場合は部屋中が低音だらけになります。

■ 定在波を無害化する方法. 低音の滞留時間を短くして定在波のエネルギーを小さくする。つまり低音域の吸音材を配置する必要があります。概ね200Hz以下の低音域を吸音する材料が必要で、板振動を利用する以外の方法で実用的な対策用品を作ることはできないでしょう。

 低音域以上に高音域を吸音してしまう市販の吸音パネルは使用禁止です、高音域の損失が大きく、ブーミングが助長されたように感じるはずです。100Hzまで吸音処理が行き届けばブーミングが大幅に減少します。本件のチューニングでは、LVパネルの裏側の松材のコンパネをミッドバスの吸音体として利用しました。

<データ3>部屋のセンター位置の平均伝送特性(チューニング前)
低域が素直に下降しており、ルームアコースティックによる低域上昇が見られない。 


<データ4>部屋のセンターから1m前方位置の平均伝送特性(チューニング前)
25Hzに定在波によるピーク、50Hzにディップがある。聴感では圧迫感を伴う低音のエネルギーを感じる。<データ1>のリスニングポイントも同様の特性。


A:フラッターエコー 
■ 建築物としての寸法精度が非常に高いので、フラッターエコーが発生している。

■ 症状. 壁面が露出している左右方向のフラッターだけが目立つが、タペストリーで吸音処理されている前後方向 =写真5=、吸音テックスで処理された上下方向 =写真6= にもミッドバス付近のフラッターが残っている。

■ フラッターエコーの止め方. タペストリーやカーテン、吸音テックスなどの吸音体でフラッターを止めると、同時に高音域の残響音が減少します、残響エネルギーに周波数帯域のアンバランスがあると、重度の場合は逆位相に類似する圧迫感が発生し、軽度でも居心地の悪さが発生します。

 同時に音楽の躍動感も失われます。しかも取りきれないミッドバスのフラッターは定在波や壁振動の低音と合体してブーミングの原因にもなります。吸音に頼らずに斜めの反射壁を設けるのが正しい対処の方法です。

 本件では、拡散反射タイプのLVパネルを正面に配置し=写真5=、平面反射タイプのGallery waveパネル=写真7=を左右に配置して平行面を可能な限り減らす方法で対処しました。天井にも天吊りパネルを4度の角度で取り付けました=写真8=。


<写真5>フロントのタペストリーとLVパネル
タペストリーで耳に付くフラッターエコーを止めているが、ミッドバスのフラッターは残っている。拡散反射のLVパネルで壁面を斜めにした。


<写真6>天井の吸音テックス
天井など一面に大きな吸音面があると、他の面に反射材を配置しても残響時間はあまり長くならない。


<写真7>傾斜角3度のGallery-waveパネル。
表面は8枚に分割された厚さ15mmのバーチ材による斜め平面、左右合計で6度の傾斜角の波型の壁面が作られる。


<写真8>天井の反射パネル
天井の吸音テックスを8割かた覆う天吊りパネル。鎖の長さの調節で傾きを4度とした。


B:壁振動 
■問題なし

C:初期反射音 
■ 正面のタペストリーが初期反射音の高音域を減らしている。

■ 症状. フラッターエコーの退治策としてタペストリーが設置されているのだが、直接音と一次反射音が合成された初期伝送特性の高音域が下がる原因になっている。

■ 初期伝送特性の改善方法. 板張りの硬い壁面でも、スピーカーが単一指向性であれば反射音は低域上昇の傾向を示します、そこにタペストリーでは再生音がブーミーになって当然。本件ではスピーカーの背後に拡散パネルを設置して=写真6=タペストリー有りのままで初期伝送特性の高音域の改善を行いました。

D:残響音 
■ 天井の吸音テックスが残響音の高音域のエネルギーを失わせる。

■ 症状. 高音域の残響時間が短いと音楽の躍動感が欠落すると同時に、ブーミングなどの低音障害が耳に付くようになります。また部屋の六面からの反射音には、それぞれに最適なエネルギー分布のパターンが存在しますが、例えば天井からの反射音には高音域のエネルギーは不可欠で、高音域が不足すると天井が低く感じられます。

■ 高音域の残響時間を長くする方法. 残響音は数十回以上壁面にぶつかり拡散された音であり、一面だけでも大きな吸音面があると途中で消滅してしまいます。本件では反射パネルを天井全体に吊り下げることにしました。鎖で吊って斜めに傾け、上下方向のミッドバスのフラッターエコーの対策も兼ねました=写真8=。




ルームチューンの成果をインパルス応答で確認する

インパルス応答には室内音響の全てが含まれている
 オーディオルームのインパルス応答には、スピーカーが発した音が耳に届くまでに部屋から与えられた室内音響の全ての情報が含まれています。コンピュータを使いそのデータから原音の成分を差し引くことで部屋の特性を算出します。

 情報量の多さから解析データの多くがグラフで表示されるので、ページ数の限られた紙面では扱いにくいものばかりですが、例外的に数値で扱えるものが残響時間です。サウンドステージや楽器の佇まいの表現など、初期伝送特性でしか捕らえられないものを除けば、ルームチューンの完成度は残響時間の数値で判断することができます。

天井パネルの効果
 特別な環境に恵まれた場合を除き、オーディオルームでは天井と床がもっとも距離の短い平行面で、耳に付く帯域に定在波が発生します。にもかかわらず物理的な難しさからルームチューンの手が及ばないことが多く、信頼できる測定データも揃ってはおりません。

 幸いにも本件では天井面の処理が実施でき、残響時間に明らかな効果が現われましたので、「インパルス応答をフーリエ変換した伝達関数から算出した残響時間」から見ていくことにしましょう。

インパルス応答から算出した残響時間
 「チューン前」、「デモパネルによる仮チューン後」、「天井に反射パネルを設置したチューン完了後」の残響時間の数値を =表1= にまとめました。この表に加えグラフ化されたエコータイムパターンや残響エネルギー曲線、シュレーダー積分残響曲線などを補助的に参照することで、オーディオルームの完成度分かります。

 チューンによりミッドバスの残響時間が短くなり、高音域の残響時間が長くなりました。チューン前の折れ線に、天井の反射板無しの折れ線を重ねたものが =グラフ1=。天井の反射板ありの折れ線を重ねたものが =グラフ2= です。

 天井の反射板の効果は大きく、チューン前に比べ高音域の残響時間が5割り増し、ミッドバスの残響時間が3割引にまで改善されました。100Hzが0.5secくらいになれば完璧ですが、RCで密閉されたオーディオルームで100Hz/0.73secは合格点です(100Hzの残響時間がもう一息短くならないのはLVパネルにも原因がありそうです。=コラム2= 参照)。

 高音域の残響時間が0.4secを超えると音楽の鳴り方が大きく変化するので、例えばリスナーの背後の壁を斜めにすか、あるいは拡散壁にして、正面のタペストリーを取り除くと音楽の鳴り方が大きく変化すると思われます。更なる追及は石田さんにバトンタッチすることにしますが、爽やかな屋外で聞くようなヌケの良いサウンドになりました。


<表1> 残響時間
周波数 31.5 40.0 50.0 63.0 80.0 100 125 160 200 250
チューン前(秒) 1.3 0.33 1.15 0.75 0.8 0.78 0.7 0.48 0.45 0.42
仮チューン(秒) - 0.36 1.05 0.86 0.48 0.80 0.54 0.27 0.37 0.33
チューン完了(秒) 1.50 0.39 0.84 0.8 0.55 0.73 0.51 0.37 0.36 0.36

周波数 315 400 500 630 800 1000 1250 1600 2000 2500
チューン前(秒) 0.33 0.33 0.28 0.23 0.23 0.21 0.22 0.18 0.20 0.19
仮チューン(秒) 0.33 0.33 0.24 0.25 0.23 0.20 0.20 0.25 0.23 0.23
チューン完了(秒) 0.33 0.23 0.23 0.20 0.22 0.23 0.26 0.28 0.26 0.28

周波数 3150 4000 5000 6300 8000 10k 12.5k 10k 20k    
チューン前(秒) 0.20 0.18 0.18 0.18 0.20 0.20 0.21 0.25 0.33    
仮チューン(秒) 0.24 0.23 0.23 0.24 0.25 0.23 0.31 0.28 0.39    
チューン完了(秒) 0.28 0.26 0.25 0.29 0.27 0.30 0.28 0.34 0.33    

<グラフ1>天井パネルなしの残響時間(○:チューン前、●:チューン後)
フロントに設置したLVパネル裏側の松材のコンパネがミッドバスの残響時間を短くし、パネル表面の拡散反射面が初期反射音を増やして高音域の残響時間が長くなった。初期伝送特性が改善されたことで、圧迫感のあるブーミングが解消した。


<グラフ2>天井反射パネルありの残響時間(○:チューン前、●:チューン後)
天井の反射パネルの効果で高音域の残響時間が長くなったが、聴感への効果はその数値以上に大であった、上空から反射音が降ってくるので天井が高く感じられ、音楽がとても軽やかに爽やかに鳴り出した。


コラム2

 LV1200のa, b, c, d, ポイント =図1= の裏側の低域吸音パネルに振動センサを取り付け、サブウーファ(SW1600D)による10Hz〜1kHzのスイープ信号で加振して振動レベルを書き重ねたものが =データ5= です。100Hzの吸音力が不足気味ですが、一般のチューニングパネルの吸音特性が「高音域全吸音、ミッドバスやや吸音、低音域吸音せず」であるのに比べると、ほぼ逆の特性を示しています。

 ミッドバス以下だけを集中的に吸音する松のコンパネの効果と、中高音域を反射するリブとの相乗効果で、低音域のみを吸音し高音域を拡散反射するパネルです。更に詳しい低音域の測定データは、下記を参照してください。

sbwf030609

<データ5>低域吸音パネルの振動周波数、低音域のみを集中的に吸音する。

<図1>LV1200裏側の低域吸音パネルの振動測定ポイント

インパルス応答のエコータイムパターンから、定在波が成長する様子を見る

 リスニングポイントの伝送特性 =データ1= を見ると、25Hzと100Hzにピーク、50Hzのディップがあります。数値が整数倍なので間違いなく定在波であろうと推測できます。25Hzはスピーカーの再生限界以下でインパルス応答のデータに信頼性が無いのでオミットして、40Hz〜100Hzのインパルス応答のエコータイムパターンから、定在波が2〜4周期かけて成長する様子を観測してみましょう。

=データ6〜10= がチューン前のエコータイムパターンです、40Hzの波形は素直な減衰特性を示しており、定在波の陰は見当たりません。50Hzは予想通り定在波の影響が見られます、約0.1秒かけて定在波が成長しピークに達しています。63Hz、80Hzも概ね素直な減衰特性で定在波は小さいことが分かります。100Hzでは再び定在波の影響が強く出ています、約0.05秒かけて定在波が成長してピークに達しています。

=データ11、12= はチューン後の50Hzと100Hzのエコータイムパターンです、チューン前に比べれば波形の暴れが小さくなり、定在波の影響が減った様子が伺えます。

 伝送特性 =データ1= のピーク・ディップの周波数と、エコータイムパターンの波形成長の周波数が完全に一致したことから、低音域の伝送特性の暴れは定在波の影響によるものであることが確認できました。 また部屋のセンターで計った伝送特性 =データ3= の低音域が素直に下降していることから、低音域の壁振動は存在しないと予測しましたが、そのことも証明されました。

 なおエコータイムパターンの成長は、フラッターエコーが発生している周波数ポイントでも観測されます、従って100〜500Hzの周波数帯での成長の原因は、定在波なのか、フラッターなのか、この方法だけでは特定が難しくなります。フラッターは平行面をなくせば必ず消えるので、斜めパネルを加えた測定結果も含めて判定する必要があります。


<データ6>チューン前40Hz。ノーマルな減衰特性。


<データ7>チューン前50Hz。定在波により振幅が変動している。


<データ8>チューン前63Hz。振幅の変動は小幅で、定在波の影響は小さい。


<データ9>チューン前80Hz。振幅の変動は小幅で、定在波の影響は小さい。


<データ10>チューン前100Hz。定在波により振幅が変動している。


<データ11>チューン後50Hz。チューン前に比べれば、振幅の変動幅が小さくなった。


<データ12>チューン後100Hz。チューン前に比べれば、減衰特性が素直になった。


インパルス応答のシュレーダー積分残響曲線の曲がりから、フラッターエコーを探し出す

 100〜500Hzは定在波とフラッターエコーが混在する帯域です。壁面を斜めにすることで測定データが改善されればフラッターであると判定できます。斜めにしても改善が見られなければ定在波ですから、その帯域の吸音材を増やし定在波の滞留時間を短くする必要があります。但し高音域も吸音してしまうグッズを使ってはいけません、低音域の吸音でブーミングが小さくなったとしても、高音域の残響音が減ることで小さくなったはずのブーミングが再び目立つようになります。結局ブーミングの体感レベルは変わらずに、音楽の躍動感だけが減ってしまいます。

 ではフラッターエコーをインパルス応答で確認してみましょう。チューン前の315Hzの測定結果が =データ13= 、チューン後の315Hzの測定結果が=データ14= です。

 フラッターエコーは定在波のような大きなエネルギーを持たないので、リニアデータであるエコータイムパターンでは判定ができません、エコータイムパターンを対数変換したシュレーダー積分残響曲線で判定します。シュレーダー曲線の減衰ラインが低いレベルで平坦に折れ曲がるとき、フラッターエコーの可能性があります。チューン前のシュレーダー曲線にあった100msec以降の平坦化が、チューン後では殆ど解消しました。


<データ13>チューン前の315Hz


<データ14>チューン後の315Hz


インパルス応答のエコータイムパターンで高音域の残響音密度を確認する

 直接音と間接音を合わせた再生音の高音域が不足していると、音楽の躍動感が不足して音の分離も悪くなります。直接音はスピーカーの音そのものですから、一般にほぼフラットです。つまり高音域の不足はすべて間接音に責任があるのです。

 本件のチューニングでは多数の反射板を導入しましたが、それでも高音域の残響エネルギーはまだ不足気味です。従って多くのオーディオルームで高音域の残響エネルギーが不足しているものと推測して差し支えないでしょう。

 そのような状況で、「アンプを硬目の音質のものに交換」、「電線を純度の高い銅材のものに交換(一般に高音域のエネルギーが増える)」、「イコライザでHiを上げる」などの手段を講じると、直接音と間接音を合わせた高音域のエネルギーの総量が増えます、結果楽器の音がクリアになり音楽の躍動感が増すように作用するのですが、楽器自身の音がシャープで硬い音になってしまうため、「解像度、躍動感」と「円味のある温かい音質」がトレードオフの関係になってしまうのです。

 一方、真の原因である高音域の拡散音のエネルギーを増加させる方法で改善すれば、スピーカーが送り出す直接音の周波数特性・過度特性には何ら影響を与えません、従ってトレードオフの関係が成立せず「躍動感のあるクリアな高音域」と「円味のある温かい音質」が両立するのです。きっと真空管アンプ派が追い求めている音だろうと思います。

 =データ15= がチューン前の5000Hzの測定結果、 =データ16= がチューン後の5000Hzの測定結果です。 チューニング後ではエコータイムパターンの波形の立ち上がり部分が分厚くなり、スピーカー背後の拡散パネルから高音域がたくさん跳ね返されていることが分かります。減衰途中もエネルギー密度が高く(波形の振幅が大きい)、再生音に音楽の躍動感が増した理由を物語っています。


<データ15>チューン前の5000Hz


<データ16>チューン後の5000Hz