錘の質量を変化させてベニアの振動周波数を測定

「自作派の性で自分で作り出さないと気の済まぬ人種です」 と自負されている石田さんは、Stereo誌のSPコンテストの常勝者で、バリバリのスピーカー自作マニアです。

その石田さんが近頃チューニングパネルの自作に命を掛けている様子、沢山の実験データを送っていただきましたので、雑誌取材のルームチューンの経緯と合わせてご紹介することにします。
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再生音を決める5種類のルーム・パラメータ

 
オーディオ機器と、それらが置かれる部屋環境のコラボレーションの結果としてダウンサイジングされたコンサートホールやライブハウスが構築されるのだが、オーディオメーカーの技術力によってその性能がギャランティーされている機器を選ぶのだって迷いに迷うわけだから、すべてをアマチュアの感性で組み上げなければならない5つのパラメータを持った部屋環境のチューニングは、機器の選択とは比べものにならない難しさを伴います。

 5つのパラメータとは?・・、それぞれのパラメータによるチューニングの目標とは?・・、

@:定在波を減らして低音域の不快な圧迫感を解消する。

A:フラッターエコーを減らして音の透明度を上げる。

B:壁・床・天井の振動を減らしてブーミングを解消する。

C:初期反射音を増やして楽器の佇まいを明確にする。

D:残響音のエネルギーバランスを整えて音楽の躍動感をアップさせる。

 例えば定在波と壁振動が豊かな低音に聴こえてしまうことがあります、その結果の負の遺産である透明度の低下を残響音を減らすことで達成しようとカーテンを張り巡らせてしまったりする勘違いが発生します。

 更に例えば、残響音の高音域のエネルギーが少なすぎるために生じる音楽の躍動感の不足を高価なケーブルのとっかえひっかえで補なおうとして果てしのないケーブル地獄に陥ったりすることもあるでしょう。

 負の遺産をその原因となった同じ要素でキャンセルしてからケーブルを選べば、とっかえひっかえの回数が減少し、最適なケーブルに早くたどり着くことができるのです。その結果大切な虎の子をプライドを持って来客にご披露できるスピーカーシステムやオーディオアンプに集中投資することができると思うのですが・・・


石田邸オーディオルームの概要

■ RC-Z工法によるオーディオルーム
 今月のルームチェックは最新工法の鉄筋コンクリート(Reinforced Concrete)住宅です。ケイカル板と発泡スチロールで室内側の型枠(そのまま室内壁となる)を作り、その周りにコンクリートを流し込んだ高気密のRC-Z工法によるオーディオルームです。
<写真1>



<図1> 天井高2.8m


 壁・床・天井 =図2=、=図3=、=図4= はコンクリートと一体化した発泡スチロールで包み込まれており、床は厚さ15mmのサクラ無垢材、壁はケイカル板に壁紙、天井はケイカル板に吸音テックスで仕上げられています。

つまりRCで密閉された空間の内側に発泡スチロールで浮いた空間を作り、そこにインナールームを造り込んだオーディオルームです。プロフェッショナルの音楽録音スタジオと類似の構造ですから、遮音性能は他の追随を許さないでしょう。深夜でも昼間の音量で音楽に没頭できる遮音性能が確保されています。


<図2>壁と床の断面


<図3>壁と天井の断面


<図4>壁断面拡大図


ケイカル板
 水酸化カルシウムと砂を主原料として板状に成型した耐火断熱材。主に鉄骨を火災の熱から守るための耐火被覆材として用いられる。吸水性が少ないため、水回りの壁・天井下地材などの他、表面を化粧処理して内外装材などにも用いられている。



二つの反射音の使い分けがルームチューンのキーポイント

■ 平面反射音
 音の入射角と反射角が一致する平らな壁面が作り出す反射音を平面反射音 =図5= と定義する。ピンポイントの一点の反射音しか耳に届かないので、反射音のエネルギー量はとても小さい。

■ 拡散反射音
 音の反射角が入射角に対してランダムになる壁面が作り出す反射音を拡散反射音 =図5= と定義する。あちこちの壁全体から反射音が耳に届くので、反射音の総エネルギー量はとても大きい。


<図5>

■ Aの壁面は拡散壁とする =図6=
 スピーカーの真後ろは拡散壁とする。この位置からの反射音は直接音と一体化して楽器の音の解像度を高める働きをする、結果としてフラッターやブーミングなど、解像度の低下要因の影響を薄める働きをする。また拡散反射音の高音域がスピーカーの背後から送り出されるためにスピーカーの指向性が改善されたのと等価となり、ピンポイントであったスゥイートスポットが寝転んで音楽鑑賞ができるくらいに拡大する。拡散壁の最適な背丈は部屋ごとに異なるが、概ね1200mm〜1800mmに収まるようである。

■ Bの壁面も拡散反射壁とする =図6=
 ジャズやポップスではボーカルが定位する位置である、この位置に拡散反射壁があるとセンターボーカルの佇まいに奥行きができる。直接音による明瞭な定位に3〜5msec遅れた曖昧な定位が重なることで、録音のときに僅かに採音されていたスタジオやホールの反射音が強調されてボーカルの表情の立体感が復元される。反射パネルを山形に置くとステージの奥行きも再現されるようになる。拡散壁の最適な背丈は部屋ごとに異なるが、1200mmが無難な寸法である。

■ Cの壁面は平面反射壁を残す =図6=
 拡散反射音の量に比例してボーカルや楽器個々の佇まいは強調されるが、その量が増え過ぎるとサウンドステージの解像度が落ちてしまう。ボーカルや個々の楽器に最適な量の拡散音を与えると、サウンドステージが必要とする拡散反射音の量を超えてしまうことが多い、そのときAとBの拡散壁の間に200〜300mm程度の平面を残して拡散反射音の連続性を絶つとサウンドステージの解像度が向上する。逆に大きな平面が残ってしまいステージの連続性が途切れすぎているときは、断面が20×30mmで長さが1000〜1200mmの棒状の反射物を1〜2本壁面に取り付けるとステージの連続性が回復する。


<図6> 



■ Aの壁面は拡散壁とする =図7=
 側壁のAの部分は正面のAの一部と考えて同じ高さの拡散反射面を設ければよい。幅を大きくすればサウンドステージがスピーカーの外側まで広がり、音源の位置が消えてフロント壁面がオーケストラで埋め尽くされる。但しスピーカーのバッフル面より手前に出してはいけない。左右方向の楽器の分解能が低下する。

■ D、Eの壁面も拡散壁とする =図7=
 側面の拡散壁は徐々に高さを下げるが、Aの背丈が1800mmの場合、D・Eは1200・600mmが標準的な背丈。小型スピーカーの場合はDを省略する。低音域に包まれた音場が好みであればEを手前に延長すればよい。Gの壁面が軟弱で低音で振動する場合はEを更に手前に延長するとブーミングを防ぐ効果があるが、背丈を600mmが高さの限界で、それ以上では音に圧迫感が生まれる。

■ Gの壁面は平面反射壁がベスト =図7=
Gの部分に存在感のある拡散反射音があると中高音域の音に不快な圧迫感を生じる。かといってカーテンで反射音を取り除いてしまうと音に元気がなくなって味も素っ気も無いつまらない音楽になってしまう。結局、平面反射壁がベストとの結論になるのだが、左右方向のフラッターが強い場合の処理が難題で、低音で共振しない傾斜のある平面壁の設置で総てが丸く収まる(測定の項参照)。

<図7>



■ スピーカー直前の床面を拡散反射にする =図8=
 スピーカーキャビネットの少し手前の床面に低音楽器の倍音を増やすと低音楽器の輪郭が見えるようになる、センターの拡散壁を立体的に配置し、床面に拡散体を配置すると、締まりのあるタイトな低音感が得られる。

<図8>





定在波(チューン前)

■ ピンクノイズとFFTによりシステムの伝送特性を測る
 RCで密閉されたオーディオルームではミッドバス以下の残響音のエネルギー上昇が顕著に現われます、本件で気付いた点を列挙すると下記の通リです。

1.RCで密閉されているため低音エネルギーの逃げ場が無く、低音域にエネルギー大きい溜まりがある。自作の小型スピーカーで絶妙なバランスを取りエネルギーの溜りを避けているが、ハイエンド系のスピーカーを持ち込むとしたら低音エネルギーを熱として消費させる板振動の吸音体が必須となる。

 ミッドバスの吸音体を設置して低音のブーミングを消去すると輪郭の見える低音がむしろ聞こえるようになるので、現在のスピーカーでも更に低音が増えたように聴こえるはずである。

2.工場生産の嵌め殺しの型枠で仕上げた部屋ですから寸法精度の誤差は殆どゼロのはずです。完全平衡の対向壁面により、中〜低音域に強いフラッターエコーが発生している。前後のフラッターはフロントのタペストリーでそこそこ止まっている。上下のフラッターも天井の吸音テックスで止まっている。

 左右の壁はケイカル板に壁紙を張った完全平面で露出部分が多いのでエネルギーの大きいフラッターが発生している。

3.天井の吸音テックスの吸音力により、高音域の残響時間がかなり短い、5000Hz〜8000Hz付近の周波数帯域の残響音が音楽の躍動感を醸し出すのだが、そこが足りない。


<図9>MIC配置平面図


<データ1>SP軸上30cm

部屋の伝送特性の影響を殆ど受けていないデータ。再生帯域は45Hz〜20kHz。ツィーターとウーファの上下の中間位置にマイクロフォンを置いて計測したものだが、4.5kHzのディップはマイクロフォンから二つのコーンまでの距離の誤差による逆位相成分の干渉によるものであろう。
<データ2>部屋のセンター(303cm)

部屋のセンターは定在波の節が重なるポイントで、部屋中で低音のエネルギーが最も小さいポイント。それでも100Hz付近が出っ張りぎみである。耳による判定ではスピーカー直前の音質にかなり近い。この部屋の中で位相が入り乱れたような低音域の圧迫感が無い唯一のポイント。
<データ3>部屋のセンターから1.0m前方

定在波の影響が25Hz^, 40Hzv, 80Hz^, 160Hzv, にはっきりと出ている。高域のレベル低下はツィータの指向特性によるもの。
<データ4>部屋のセンターから1.12m後方(リスニング・ポイント)

定在波の影響が25Hz^, 50Hzv, 100Hz^, 160Hzv, にはっきりと出ている。部屋のセンターを挟んでデータ3とほぼ対象の位置なので伝送特性が似通っている。スピーカー直前30cmの伝送特性と比較することで、定在波の影響を発見することができる。定在波の影響は部屋の寸法の1/2, 1/4の位置に強く出るので、測定器が無い場合はリスニングポイントの位置を前後距離の1/2、1/4のポイントから外すように心がけるべきである。

 定在波による周波数特性の乱ればかりが強調されているが、それは大した問題ではない。音楽鑑賞にとって格段に大きな定在波によるトラブルは、位相干渉による圧迫感の発生と、それに伴う低音楽器の定位の発散現象である。定位の発散は低音楽器の倍音帯域のエネルギーを増強することで回復できるので、図8に示した床パネルを含むフロントの拡散処理で回復できる。



チューニング前・後のインパルス応答で残響時間を比較する

 インパルス応答をそのまま観測すると定在波の動きや反射音の到来タイミングとそのレベルが観測できる。パソコンを使って演算すると部屋も含めたオーディオ系の伝送特性や、残響特性をグラフ化して表示することもできる。累積スペクトラムとして作画すれば定在波やフラッターエコーを3次元の立体図形で観測することも出来る。

 しかしそれでも初期反射音の位相を微妙に変化させることでアジャストする低音のヌケのからくりは、全く観測することが出来ません。しばらくの間なのか、永久になのか、オーディオルームの低音のチューニングは聴覚が主役です。

 チューニングによる音の変化を言葉で補足しながら、チューニング前後のインパルス応答の差を変化の量が数値化できる残響時間をベースに見ていきます。


<写真2>チューン前


<写真3>仮チューン完成後。フロントのタペストリを竹のスダレで覆うと残響時間の高音域が長くなり楽器の音も弾むようになる。


残響時間を比較する
 チューン前の数値では、音楽の楽しさや楽器の躍動感を醸し出す高音域の残響時間が0.18secと極端に短くなっています。低音のエネルギーが部屋に滞留しがちなRCのオーディオルームでは、高域の残響時間を低音域に匹敵するところまで長くするのが常套手段ですが、出来うれば低音域の上昇を100Hz以下だけに押さえ込んでから実施したいところです。デモ用のLV&StainVeilパネルを積み上げた結果、125Hz前後の滞留エネルギーが若干減少したようです。 =表2=。

 拡散パネルの効果で高音域の残響時間も若干長くなりましたがまだまだ不足です。しかし楽器の音色や表情は十分に豊かになりました、スピーカーキャビネットが小さい分拡散パネルの露出量が多いので、数値以上の効果が現われているようです。その分パネルの配置がシビアになります。

 6300Hzの残響時間をみると、チューニング前が0.18sec、チューニング後でも0.24secですが、更に0.1secくらい延長したいところです。音楽に没頭できる度合いが大きく違ってきます。但し天井に吸音テックスを張り巡らせてしまったオーディオルームの高音域の残響時間は0.3sec程度が上限ですから、パネルを並べるような小手先の手段ではこれ以上長くなりません。


<グラフ1>残響時間(○:チューン前、●:チューン後)


拡散パネル裏側の振動パネルの効果でミッドバスの残響時間(フラッターエコー)短縮したことと、拡散パネルの初期反射音により低音楽器の倍音が増えたことの相乗効果で、ブーミングは殆ど解消した。